「AIを全社で使おう」と号令をかけて、3ヶ月後に誰も使っていない。中小企業の現場でよく見る光景です。ツールは契約した。アカウントも配った。それでも経理の担当者は、今日も請求書を1枚ずつ目でチェックしている。

原因は現場のやる気ではありません。入口が広すぎるんです。「全社でAIを」という号令は、裏を返すと「どこから手を付けるか、まだ誰も決めていない」状態とほぼ同じになります。

ククルデザインが群馬の中小企業に入るとき、最初にやることは逆です。全社ではなく、痛い1業務に絞る。しかも着手する前に、今の作業時間をストップウォッチで測っておく。この記事は、経理・バックオフィスで今日から回せる4ステップをまとめました。前提として、会社が承認したAI環境で、経理データの扱い方を先に決めてから進めます(この点は最後の見出しで具体的に書きます)。

なぜ「全社一斉」ではなく「1業務」から始めるのか

コバルトブルーを基調にした概念図。左側に大きく広がった半透明の円(全社を象徴)を薄く描き、その中の一区画だけを濃いコバルトブルーで塗ってスポットライトを当て、そこに1本の矢印が集中している構図。全社に薄く広げるのではなく、1つの業務に光と力を絞る対比を表現。文字や数字は入れない。

中小機構が2026年3月に公表した中小企業のAI等の利活用に係る実態調査では、中小企業のAI導入率は20.4%でした(「全社的に導入している」と「一部の業務で導入している」の合計)。まだ2割です。導入している会社が、どの部門で使っているかも見えてきます。すでにAIを導入した企業の中では、総務・管理部門で使っている割合が68.3%で最も高い。営業や製造より、まずバックオフィスから入る会社が多いということです。

ここは数字の読み方に注意が必要です。「全企業の68.3%が総務・管理でAIを使っている」わけではありません。20.4%(全体の導入率)と68.3%(導入済み企業の中での部門別の使われ方)は、分母が違います。前者は全企業が母数、後者はAIを導入した企業が母数です。この2つを並べて「進んでいる現場は7割」とは言えません。読み取れるのは、AIを入れた会社は、まず総務・管理といったバックオフィスから使い始める傾向がある、という一点です。

経理はこの「総務・管理部門」の代表格です。調査は「経理」単独の数字を出しているわけではないので、そこは正確に押さえておきたいところです。それでも経理には、定型が多い・フォーマットが決まっている・毎月同じ処理を繰り返すという特徴が集まっています。AIの下書きと噛み合いやすい仕事が固まっている、と言い換えられます。だから「まず1業務」を探すなら、バックオフィスは有力な入口になります。

この「1業務に絞る」流れは、サービスとしても立ち上がってきました。京都産業大学発ベンチャーのSOIは、業務を1つに絞って3〜4週間で自社のAI活用の可能性を検証する「1業務AI活用トライアル」を発表しています(2026年8月10日リリース掲載・モニター10社募集)。キャッチは「AI導入の前に、まず業務の“交通整理”を」。経理専用のサービスではありませんが、全社導入の前にまず1業務で試すという入口が、国内でも形になり始めています。

経理の1業務にAIを入れる、4ステップ

コバルトブルーで描いた4段の階段またはフローの概念図。左から順に「1つに絞る(複数の四角から1つを選ぶ)」「測る(ストップウォッチのアイコン)」「コンテキストを貼る(書類にひとかたまりの帯を差し込む)」「共有する(人の輪に向かう矢印)」を段階的に上っていく流れ。各段が同じコバルトブルーで統一され、右肩上がりに進む。文字や数字は入れない。

ここからは、ククルデザインが中小企業の現場で実際に回している型です。特定のガイドに載っている手順ではなく、自社の伴走で「これをやると社内が動く」と分かってきた4段を、順番に紹介します。順番そのものに意味があります。飛ばすと「なんとなく便利」で終わって、社内の次の一歩につながりません。

ひとつめ ── 痛い1業務に絞る

全社でも「経理まるごと」でもなく、担当者1人が毎月時間を取られている業務を1つだけ選びます。請求書の内容チェック、経費の勘定科目の仕分けの下書き、取引先への定型メールの起案。このあたりが候補です。選ぶ基準は「毎月必ず発生し、手順がだいたい決まっていて、担当者が地味に嫌がっている仕事」。派手な業務より、地味で繰り返しの多い業務のほうが向いています。

次に ── 着手する前に、今の作業時間を測る

AIを入れる前に、その業務を人が手でやったときの所要時間をストップウォッチで測ります。ここを飛ばす会社がほとんどです。測っていないと、あとで「効果があったか」を語れません。この一手間が4ステップの心臓部です。詳しい測り方は次の見出しで書きます。

そのうえで ── プロンプトに自社のコンテキストを1段落貼る

AIに指示を出すとき、その業務固有の前提を1段落ぶん貼り付けます。自社で使っている勘定科目の一覧、取引先の社内での略称、請求書や経費精算の社内フォーマットの「型」。この「1段落」があるかないかで、出力の使いものになる度合いが大きく変わります。汎用のAIは、あなたの会社の科目名も取引先の呼び方も知りません。知らないまま書かせると、毎回こちらが直すことになって、かえって時間が増えます。ただし、ここで貼るのは会社が承認したAI環境に対してだけです。取引先の実名や口座番号、個人情報が入る実データをそのまま貼るのは避け、略称や架空のサンプルに置き換えます(この線引きは最後の見出しで詳しく書きます)。

最後に ── 「月◯時間削減」の数字で社内共有し、次の承認を取る

2つめで測った時間と、AIを使った後の時間を並べて、「この1業務で月に何時間浮いたか」を数字にします。その数字を持って上長や経営者に共有し、次の業務にAIを広げる承認を取りにいきます。「なんか楽になった気がする」では予算も次の一歩も動きません。「月◯時間、担当1人ぶんの残業が消えた」なら、話は前に進みます。

測らないと、社内は動かない

コバルトブルーで描いた、ストップウォッチと帳簿・電卓が並ぶ静物風の概念図。ストップウォッチの針が動いている様子と、その隣に経理業務を象徴する帳簿や書類の束を配置し、「時間を測りながら経理仕事を進める」情景を表す。全体をコバルトブルーの濃淡でまとめる。文字や数字は入れない。

時間の測り方はシンプルです。同じ業務を3回ぶん、実測します。1回だけだと、その日がたまたま速かった・遅かったのか判断できません。3回測って、ばらつきを見たうえで平均を取ります。スマホのストップウォッチで十分です。始めた時刻と終えた時刻をメモするだけでも構いません。

ここで大事なのは、正確な計測そのものよりも「測る習慣」を作ることです。ククルデザインでも、社内のAI活用を検討するときは「まず今のやり方で1回やって、時間を記録する」から始めます。測った数字があると、導入の判断も、やめる判断も、感情論にならずに済みます。うまくいかなかった業務を「これはAI向きではなかった」と早めに手放せるのも、測っているからです。

始める前に決めておくこと ── 経理データをどこに預けるか

この型を回すなら、先に社内で握っておくことがあります。時間短縮を急ぐあまりここを飛ばすと、裏で情報漏えいの事故が起きます。経理データはとりわけ機微です。順番に決めてください。

  • 会社が承認したAI環境だけを使う。個人が勝手に契約した無料のAIチャットに、業務データを貼るのは避けます。会社として利用するサービスを1つ決め、その利用規約とデータの扱いを確認してから始めます。
  • 入力内容を学習に使わせない設定にする。多くのAIサービスには、入力したデータをモデルの学習に使うかどうかの設定があります。業務利用なら「学習利用オフ」にできるプラン・設定を選び、オフになっていることを確認します。
  • 個人情報・機密情報はマスキングしてから貼る。取引先の実名や担当者名、口座番号、金額そのものが問題になる場合は、略称・伏せ字・架空のサンプルに置き換えてからAIに渡します。プロンプトに貼るのは「処理の型」であって、生の顧客データではありません。
  • AIの出力、特に金額と勘定科目は、必ず担当者が目視で確認してから確定する。AIは「それらしい」数字や科目を自信たっぷりに出してきます。下書きとしては優秀でも、そのまま帳簿に転記すると誤りが混ざります。人が最後に目を通す前提を崩さないでください。
  • 削減した時間を測らずに「なんとなく楽になった」で終わらせない。感覚だけで進めると、効果が薄い業務にAIを使い続けたり、逆に効いている取り組みを説明できずに社内で潰されたりします。数字が、次の承認を取るための言葉になります。

今日からできること

やることは3つに絞れます。

  • 経理・バックオフィスの中から、毎月繰り返す「痛い1業務」を1つ選ぶ
  • その業務を、今のやり方で3回ぶん時間を測っておく
  • 会社が承認したAI環境を用意し、機密を伏せたうえで自社の科目名・取引先の略称・フォーマットの型を1段落にまとめて指示に貼る

全社導入の号令より、この地味な3つのほうが先に効きます。まず1業務で数字を出す。その数字が、次の業務への切符になります。

「どの業務から始めればいいか分からない」「うちの経理でどこが向いているか一緒に見てほしい」「そもそも経理データをどのAI環境に預けていいか判断できない」という段階でしたら、ククルデザインが1業務を選ぶところから伴走します。環境選びと情報の線引きから、作業時間の測り方、自社コンテキストの1段落づくりまで、群馬の中小企業の現場に合わせて組み立てます。お問い合わせからご相談ください。

(本文中の導入率などの数値は中小機構「中小企業のAI等の利活用に係る実態調査」(2026年3月)によります。20.4%は全企業を母数とした導入率、68.3%はAI導入済み企業を母数とした部門別の内訳で、分母が異なります。記事で紹介した4ステップはククルデザインが現場で使っている型で、特定の出典から引いたものではありません。バックオフィスのAI活用の考え方は部署別AI活用プロンプト実務ガイド・中小バックオフィスのAI自動化 失敗パターン集も参考になります。削減時間は業種・業務で変わります。他社の数字を鵜呑みにせず、自社で測ってから比べてください。)